僕の生徒を紹介します









「ねえ、ニッシー…私って…」


“過去の恋を、美化してるのかなあ”


ホルマリン漬けの恋
西沢卓信×間宮エリナ



「なんだ、どうしたいきなり」

間宮エリナは、クラス一の美人。整った顔立ちに、バランスのとれた誰もが憧れる抜群のスタイル。そんな間宮が、放課後の教室で外を眺めながらふと呟いた。


長い髪の毛を風に揺らしながら、時おり邪魔そうに指を通す。その仕草と、絵になるような姿に目を奪われる。教師であること、ここが学校であること、それを忘れさせるほど、きれいだと思った。


「間宮に恋の悩みか?」


たぶん本人は、自分の美貌や容姿の美しさに気づいていない。そこがまた、人を惹き付ける魅力なのかもしれない。飾らない、気取らない、それから優しい女の子だから。…いや、高嶺の花には手を出せないって考えも一理ある。


「ね、ニッシーはさ、忘れられない人とかいる?」

ふわりと振り向き、僕を捕らえるその瞳。唐突なその質問の内容が何で、どんな答えを求めているか…考える隙など与えないように。


「忘れられない人、ねえ…未練とかじゃなくて、あの人のここが忘れられないってことなら…あるかもね」

たまに振り返ってみたり、前触れもなく思い出が脳裏を過ったり…


「間宮は、いるの」


「へ…聞く?私の秘密」

企みを含めた笑みは、いつも以上に綺麗で、挑発的。自分も同じ表情を浮かべたつもりで、間宮に頷いた。


「じゃあ、聞いたらアドバイスちょうだい」

頼りりになるか分からないけど、それでもいい?それを飲み込み、続きを促した。


「私ね、中3から高1にかけて付き合ってた彼氏がいるの。初めての恋で、初めての彼氏で、全部初めてで…」


開けた窓から吹き込む風は、話す前も話している今も、空気を読むつもりはないようで、彼女の髪を揺らした。

「今だに…その人と比べてたりするの。…別に、普通の人だったんだよ。ただ、その人のこと大好きで大好きで…それ以上に、誰かを好きになれないの」

しばらくの沈黙のあと、「たぶん」と小さく呟き、それって、忘れられないのかな?と言う目が僕を見つめた。

「そうやって考えてるうちに、どんどん美化されていってる気がするの」

「ん〜まあ分からなくもないな」

「しかもその人、結構近くにいたりするんだよね」

「………えっ!?」

そう言いながら、指差された席。


「ホルマリン漬けみたいだな」

「なにそれ?」


「すぐそこにありながら、もうどうにも身動きできない。形を変えることもできなければ、自力で消えることもできない」

残酷だね、恋って。
間宮は指差した席を眺めながら、ホルマリン漬けかと消えそうな声で呟いた。



────────…
【ホルマリン】
:ホルムアルデヒト(有機化合物の一種で毒性が高い)の水溶液のこと。
・無色透明で、刺激臭があり生体に有害。
・生物の組織標本作製のための固定・防腐処理に広く用いられている。また、ホルマリンによって死滅する菌類、細菌類が多いことから、希釈した溶液を消毒用にも用いる。


死後ホルマリンに漬けられたのであれば、その時点で死後変化は停止する。


忘れられない人は、ずっと忘れられないものである。そのままの形を保ちながら、そこに在り続けるがゆえ、美化されていくのである。


配布元:無気力少年。
管理人:市ノ瀬様







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